「た、た、助けてぇ~っ!」
悲鳴を聞きつけてやってきたユイットたちが見たものは、奇妙な光景だった。
「な、なにネ……これ……?」
細かいことは気にしないターニャンでさえも、呆然と呟くことしかできない。
「あ! そ、そこの人たちぃ~、お願いです、どうか……どうか助けてぇ~!」
薄い布だけを身にまとった少女が、上下逆さまになりながらユイットたちに向けてそう叫んだ。
このあたりの民族衣装なのか、ほとんど胸の先だけを隠す布と、飾りのように腰に巻かれた宝玉、象の顔を模した飾りが股間を隠すのみで、少女の豊満な身体はほとんど外気に晒されている。
その少女が、子供の腕ほどの太さのロープのようなものに絡め取られていた。
「た、助けてって言われても……」
「ターニャン、あれ! なんかの動物みたいだよ!」
サイニャンが指差したのは、助けを求める少女の真下の地面。
「なにあれ……虎?」
「虎って……あんな、その……触手が、付いてたっけ?」
ユイットたちを睨んでうなり声をあげているのは、確かに虎のように見える。
だが、その背中には二本の触手が生え、それが少女を絡めて宙に持ち上げているのだ。
「こ、これは触手虎ですーっ! こうやって触手で獲物を絡め取って、弱らせてから食べるんです~っ……あひゃう、ひあ、へ、変なトコ触らないでえーっ!」
触手に身体をまさぐられて、悲鳴を上げる少女。
「た、食べられるって……やばい、助けなきゃ、ヴァンテ!」
「ガオオン!」
ユイットがヴァンテに命令を下し、攻撃させようとする。
「待つネ! 闇雲に攻撃しても、獣は娘を連れて逃げ出すだけネ! ここは……あたしに任せるネ」
「な、なんでもいいから早くしてえ~っ! あひ、ひゃうんっ!」
すらり、とターニャンが刀を抜き、構えるのを見て、宙吊りの少女が青ざめる。
「ひゃ、ひゃうっ……き、斬らないでえっ……!」
「大丈夫、いいからじっとしてるネ……いくヨ! サイニャン!」
サイニャンが右手でターニャンの肩に触れる。サイニャンが左手で印を切るとターニャンが構えた剣先に不思議な力が宿り始める。
「ターニャン、何をする気……?」
「聖剣技、泰然自若……サイニャンの霊力をあたしの剣にこめて、敵の戦意を削ぐことができるネ……うまくいけば」
「う、うまくいくんでしょうね?」
「それは……あんな動物初めて見るから、うまくいく保証なんて……」
「ちょっと……しっかりしてよねぇ、ターニャンっ……!」
「静かにするネ! 集中できないヨ!」
ターニャンの額には脂汗が浮かび、彼女の集中の度合いを示していた。背後からの野次に口答えをしつつも、その剣はゆらゆらと弧を描くように動き、まるで空中になにかの模様を刻んでいるかのようにも見えた。
「ううう~……あ、頭に血が……昇って、きた……」
逆さまになったままで長時間いたせいで、顔を真っ赤にした少女が呟いた頃、ようやく触手虎の様子に変化が現れた。
「グルルルル……」
低くうなり声を上げているのは変わらないが、ゆっくりと背を伏せ、触手に捉えたままの少女を地面に降ろすと、その触手をほどいて彼女を解放したのだ。
「きゃう!」
尻餅をついて悲鳴を上げる少女。
「グルル……」
その肢体を名残惜しそうに見つめながら、触手虎は後ずさり、ジャングルの奥へと消えていった。
「ふぅ……なんとかなったネ……」
ようやく気を抜いて、ターニャンが額の汗を拭う。
「すっごいじゃない、ターニャン。ものすごく合理的な手段だったよ!」
「まーね、あたしだってやるときはやるネ!」
「……普段から真面目にやってれば、ボクもこんなに苦労しないのに」
サイニャンの呟きは例によって誰の耳にも届かない。
サイニャンに苦言を呈されたことにも気付かず、ターニャンは解放された少女へと尋ねた。
「で、あんた誰? なんでこんなジャングルの中で、あんなヘンな動物につかまってたネ?」
「はっ! そうだった! どうもありがとう、おかげで助かっちゃった! 触手虎に食べられるトコだったわ~」
そう笑ってから少女は、ぺこりと一向に向けてお辞儀をすると、姿勢を正してこう名乗った。
「ありがとー、あたしはルナルナ。“太陽の踊り手”ルナルナって呼ばれているわ」
「ルナルナ……? あ、あたしはユイット。こっちがヴァンテで、その首輪で繋がっている変な二人がターニャンとサイニャン」
「ユイット、ヴァンテ、ターニャン、サイニャン、うん、よろしく!」
「い、いえね、よろしくはいいんだけど、あなた、どこから来たわけ? この近くに人が住む村でもあるの?」
どこか噛み合わない会話に困惑しつつユイットが尋ねると、ルナルナは答える代わりに両手を頭上に掲げ、くるりとその場で回ってみせた。
「アハハッ! 助けてくれたお礼に、あたしの舞を披露するわ!」
「い、いや、だから舞じゃなくってね……」
「へ? そういえば、あなたたちは部族の人じゃないわよね? 耳がとがっているからワイルドエルフなんだよね?」
踊りを止められてもまだまだマイペースなルナルナに問われて、ユイットが答える。
「いや……わたしたちはクロイツ辺境伯領からやって来たの」
アンネロッテの叛乱軍の拠点がある土地の名前を口にすると、ルナルナはそれを聞いて首を傾げた。
「くろいつへんきょうはくりょう……って、この森のどのあたり?」
「この森の中じゃなくって、このジャングルを出て、北東、アマラ砂漠を越えてもっと先だよ」
頭の中に地図を思い浮かべながら説明するユイット。
それを聞いて、ルナルナは怪訝な表情だ
「外? ジャングルの外ってどういう意味?」
「えっ?」
「とにかくあたし達部族とワイルドエルフ以外の人は、初めて見たあ! 珍しいっ!」
「……どうやらこの子にとっては、このジャングルが世界の全てみたいだね……」
サイニャンの的確な分析に、ユイットは思わずうなずいてしまう。とにかくジャングルの住人に出会うことができたのだ。カリバラ族のことは知らないようだが、何か要塞の手がかりを聞くことができるかもしれない。
「ああ! さっきまでは触手虎につかまってもーダメって思ってたけど、産まれて初めて出会った他所の人に助けてもらったなんて、なんて幸運! この気持ちを踊りにして後世に伝えなくちゃ!」
そう叫ぶやいなや、ルナルナは再び身体をくねらせて踊り始める。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って! 待ってよ、踊りはもういいからっ!」
慌てて踊りをストップさせると、ルナルナは不満げに口を尖らせた。
「えー、せっかくカリバラに伝わる歓迎の舞を披露しようと思ったのにぃ」
「そ、それはまた今度の機会にね……って、カリバラ?」
「え? うん、あたしカリバラ族のルナルナ。部族の守護者にして、一番の踊り手だよっ」
「ま、まさか……」
「こんなあっさり見付かるなんて……」
呆然とする一行。ユイットはなんとか気を取り直し、ルナルナに質問する。
「そ、そのカリバラ族を探して、あたしたちはこのジャングルにやって来たの! ねえ、“獣の洞窟”って名前に、聞き覚えはない?」
「えっ、“獣の洞窟”……? そりゃ、知ってるけれど……」
首を傾げながら、ルナルナが答えた。
「でも、部族の者以外には教えてはいけない掟……」
そう呟いて、困ったような顔をしたルナルナだったが、すぐにぱっと明るい顔で笑うとこう続けた。
「でもま、いっか! あなたたち、あたしの命の恩人だもんね!」
「そ、そうよね……ありがとう、ルナルナ! さっそく“獣の洞窟”に案内して欲しいの!」
「うん、いいわよ、ついてきて」
上機嫌で応じたルナルナがジャングルの奥へと向かう。一行は慌ててそのあとを追い掛けたのだった。
- つづく -
ストーリーテキスト:松智洋、イラスト:えぃわ